ローマ人への手紙 4:10
では、どのようなときに、そうみなされたのでしょう。割礼を受けていたときですか、それとも、受けていなかったときですか。割礼を受けた後ではなく、受ける前です。
フリーダム・バイブル
In The King James Version
In Context
9では、この幸いは割礼を受けた者だけのものでしょうか。それとも、割礼を受けていない者のものでもあるのでしょうか。私たちは、「信仰がアブラハムの義とみなされた」と言っています。
11彼は割礼を受けていなかったときに持っていた信仰による義の証印として、割礼のしるしを受けました。それは、割礼を受けていなくても信じるすべての人の父となり、その人たちも義とみなされるためでした。
Cross References
Genesis 15:16そして四代目に、彼らはここに戻って来る。アモリ人の罪がまだ満ちていないからである。」
Genesis 17:1アブラムが九十九歳になったとき、主がアブラムに現れて言われた。「わたしは全能の神である。わたしの前を歩み、非の打ち所のない者でありなさい。
Genesis 17:23アブラハムは息子イシュマエルと、家で生まれたすべての者、金で買われたすべての者、すなわちアブラハムの家のすべての男子を連れて行き、神が彼に言われたとおり、その同じ日に彼らの包皮の肉に割礼を施した。
Galatians 5:6キリスト・イエスにあっては、割礼を受けているかいないかは何の意味もありません。大切なのは、愛を通して働く信仰です。